神戸地方裁判所 昭和43年(わ)131号 判決 1971年3月31日
主文
被告人両名をそれぞれ罰金五、〇〇〇円に処する。
被告人両名において、右各罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人清田祐一郎、同坂井与直はいずれも、昭和四三年一月一五日神戸市生田区内で行われた関西地区反戦連絡会議主催の「米原子力空母の日本寄港反対」を目的とする集会に伴なう集団示威運動に参加したものであるが、右集団示威運動は所轄生田警察署長より路上にすわり込むなど一般交通の妨害となるような行為をしないことなどの条件を付して許可されたものであるのにかかわらず、被告人両名は共謀のうえ、同日午後四時四二分頃、右集団示威運動の参加者約一五〇名が同区加納町六丁目一〇番地所在の神戸アメリカ総領事館北側路上に至るや、同所において、先頭部列外から右集団に対面し、被告人清田祐一郎においてマイクにより口頭で、被告人坂井与直において両手を上下に二、三回振り、それぞれ路上にすわり込むよう指示しもって被告人両名共同して右運動の参加者約一五〇名をして約七分間同所路上にすわり込みをなさしめ、もって生田警察署長が付した道路使用許可条件に違反して行われた右すわり込み行為を教唆したものである。
(証拠の標目)≪省略≫
(法令の適用)
被告人両名の判示所為はそれぞれ道路交通法七七条一項四号、三項、一一九条一項一三号、兵庫県道路交通法施行細則(昭和三五年一二月一九日公安委員会規則第一一号)一一条三号、刑法六〇条、六一条一項に該当するところ、いずれも所定刑中罰金刑を選択し、その所定罰金額の範囲内で被告人両名をそれぞれ罰金五、〇〇〇円に処し、被告人両名において右各罰金を完納することができないときは、同法一八条により金一、〇〇〇円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人両名に負担させないこととする。
(本件公訴事実中無罪部分の判断)
検察官は、被告人両名が兵庫県公安委員会の付した許可条件に違反して行われた集団示威運動を指導したとの理由で、被告人両名に対し、昭和二五年神戸市条例第二一七号、集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例(以下本条例と称する)五条違反として公訴を提起しているので案ずるに、前掲各証拠によれば、被告人両名が兵庫県公安委員会の付した許可条件に違反して行われた集団示威運動(路上のすわり込み)を指導したことが一応認められる。しかしながら、憲法二一条は表現の自由を保障する旨規定しているのであって、これが基本的人権に属し、その完全なる保障が、民主政治の基本原則の一つであること、とくにこれが民主々義を全体主義から区別する最も重要な一特徴をなしていることから、民主々義をたてまえとする日本国憲法の下においては、これが最大限度に尊重されなければならないことはいうまでもないことである。勿論、表現の自由といえども絶対無限のものではなく、国民がこれを濫用することなく、つねに公共の福祉のためにこれを利用すべき責任を負うこともまた自明であり(憲法一二条参照)、本条例はまさに右の趣旨において、公共の安寧秩序を維持するため(一条、三条参照)、表現の自由に対して一定の制限を加えることとし、一定の違反行為につき一年以下の懲役刑を含む刑罰を規定しているのである。従って本条例を適用するにあたっては、右のような表現の自由の憲法上の意義および本条例の立法趣旨にそくしてその制限の意味を考察し、両者の間の調和と均衡が保たれるように実定法規の適切妥当な法解釈がなされなければならないと解する。
このような見地に立って考えれば、許可条件違反の集団示威行為といえども、当該行為の場所的、時間的状況、その規模等種々の態様がありうるのであり、その態様如何によっては本条例の保護法益とする公共の安寧秩序が侵害されるおそれのない場合もありうるのであって、これを区別することなく一律にすべて前記のような罰則の適用を受けるものとすれば、前述の表現の自由を保障した憲法の趣旨に合致しないことになり違憲の疑を免れないであろう。そこには、矢張り、いわゆる可罰的違法性のような理論を採り容れる余地が残されているものと考えられる。たとえ条件違反の集団示威運動を指導したとしても、そこに公共の安寧に対する直接かつ明白な危険がなく、可罰的な違法性が認められない限り、その者に対してはあえて前記のような重い刑罰の制裁をもって臨むべきものではないといわなければならない。本条例が、指導者等を体刑を含む重い刑罰で処罰することによって鎮圧しようとする許可条件違反の集団示威運動とは、可罰的違法性の明確たるものであることを要するものというべきである(同一条件違反の集団示威運動といえども、専ら道路における危険の防止と交通の安全、円滑を目的とする道路交通法七七条三項による条件違反については、その立法趣旨に照して別異の判断がなされることは当然である。)
そこで、これを本件についてみるに、≪証拠省略≫を総合すると次の事実が認められる。
(一) 本件集団示威運動の構成員・コースおよび被告人両名の役割
前記集団示威運動は、関西地区反戦連絡会議の主催により学生の集団(第一梯団)約一五〇名と反戦青年委員会の集団(第二梯団)約一五〇名を以って構成され、神戸市生田区内の神戸市議会前を出発し、花時計前を西進し、金沢病院南側および大丸百貨店前を経て元町本通りを西進し、元町三丁目角を南下してみどりの泉前に至り、同所より東進し、神戸中央電報局南側を進んで神戸アメリカ総領事館北側を通過し、東遊園地東側を北上して神戸市議会前に戻るコースで行われたが、被告人清田は主催者たる前記連絡会議の事務局長として本件集団示威運動の現場責任者であり、かつ右示威運動の際被告人両名は右第二梯団を指導していたものである。
(二) 本件集団示威運動の動機・目的
被告人両名を含む本件集団示威運動の参加者は、ベトナムにおける戦争に参加している米原子力空母の日本寄港を認めることは、その戦争に日本国民が同意を与えるという意味をもち、日本国民のいわゆる核アレルギーを解消し核武装への道を開くことにつながり、ベトナムにおける問題を全アジアに広げることになると考え、この考えを外部に示威しかつ神戸アメリカ総領事館に右寄港を抗議するために右運動に参加したものであった。ところで、右領事館正面からその北側に通ずる道路は閑静な場所であることから、被告人清田は、なんらの示威行動をすることなしに正常平穏に行進を続けてその場所を通過するだけでは、本件示威運動の意義がなくなるものと考え、アメリカ領事館前において集会を行い抗議の意思を表明することを予定していた(もっとも、この抗議集会を行うことについては警備当局と確たる了解が出来ていたと認めるに足る証拠はない。同被告人が本件集団示威運動の許可申請に際し警備当局と折衝中その話が出た程度であり、それを同被告人が両者間に当然了解が出来たと思ったものである。)
(三) 本件集団示威運動の態様
当日は休日であったが、右示威運動に参加したものは、前記のとおり約三〇〇名程度で、第一梯団の学生集団は右示威運動の終了後直ちに佐世保市における集団示威運動に参加する意図をもっていたため、ここで警察官によって逮捕されるような事態を惹き起さないよう自重し、第二梯団員はおおむね労働者であったため服装も平服で、ヘルメットを着用し角材を所持する者もなく、途中多少の蛇行進はあったものの、概して平穏裡に神戸アメリカ総領事館付近まで進行してきたものである。
(四) 本件集団示威運動に際しての警備状況
警備当局は、本件集団示威運動に際し、神戸アメリカ総領事館に突入するとか、あるいはそれを包囲するという情報(もっともそれが真実実行されるものであったという証拠はない。)に基き、特別な警備体制をとり、第二機動隊の神戸大隊二三八名、阪神大隊一六六名、播州大隊一八八名及び、生田警察署署員編成の部隊約三五名が警備に配置され、第一梯団の左右には播州大隊と阪神大隊が並進した。第一、第二梯団が神戸アメリカ総領事館に接近した時点では、その周辺に総勢二三八名の機動隊員(神戸大隊)が警備配置についた。そして警備当局としても、外国公館であるということから、その警備にはかなり神経を使い本件集団をその周辺から素早く通過させるという方針であった。
(五) 本件すわり込みをするに至った動機・原因
第一、第二梯団が神戸アメリカ総領事館前に到達するや前述のような厳重な警備体制が敷かれていたため到底その前に停滞し抗議の集会はおろかその意思を表明することすら十分出来かねる状態であったため、第一梯団は同所をそのまま通過したのであるが、被告人両名の指導する第二梯団は、その北側道路に至り、被告人両名を含め同梯団員の中にはこのまま単に何の抗議の意思をも表明することなく通過することに強い不満が生じ、自然同路上に停滞するに至った。そこで、被告人両名は、前記罪となるべき事実として判示したように右梯団員をすわり込ませたのである。
(六) すわり込み後の状況
右梯団員がすわり込んだ際、前記神戸大隊第一中隊の三個小隊の機動隊員が梯団員の左右両側にそれぞれ移動して警備配置につき、これを包み込むように取り囲み、五、六回警告した後、すわり込んでいる梯団員の先頭部位から排除にかかり、五、六人排除にかかった段階で被告人清田が「歩け」という指示を与え、それにより同梯団員は行進を開始した。なお、この間は七分位であり、被告人坂井は右すわり込みの開始直後逮捕されたものである。
(七) 交通妨害の状況
神戸アメリカ総領事館北側の本件道路は、北側が公園となっているうえに、右領事館の南側にも別の道路が設けられており、一般交通にとってそれ程重要であるとは認められず、またその交通量もさして多くはなく、昭和四三年二月四日(日)午後四時から午後五時までの一時間に行われた生田警察署司法巡査岡村延弘の実況見分の結果でも、四輪車普通以上東行一三七台、西行五九台、軽四輪車東行二九台、西行一三台、二輪車(自転車を含む)東行八台、西行一一台、歩行者東行四七人、西行一四三人となっており、本件当日右道路と税関線との交差点付近で交通の規制に当った生田警察署勤務の警察官松原末男の記憶によれば第二梯団が本件道路にすわり込み行為を開始してから右道路を通過し終るまでの約一〇分間に、東側の税関線から本件道路に進入しようとした車両は約一七、八台あったが、いずれも交通規制により何らの混雑を生ずるようなことはなかったのである。
以上のとおり本件すわり込みが通常交通量のあまり多くない本件道路上であるうえに、平常時よりもさらに一般の通行が少ないと考えられる休日の夕刻時に行われたこと、右すわり込みに参加した人員も多くなく、その着衣、所持品等にも危険を予想させるものはなく、しかも当該すわり込み人員に倍する機動隊員の包囲下で行われ、これが暴力的事態に発展する危険性は全くなかったこと、その座り込み時間も僅か七分間位のことであり、現実に発生した一般の交通に対する妨害の結果も僅少であったこと、さらに右行為が梯団員らの平和を願う気持から出たものであることが認められるのであって、これらの事実関係の下における本件すわり込み行為は、たといそれが兵庫県公安委員会の予め付した許可条件に反したからといって、本条例が保護法益とする公共の安寧に対し、直接かつ明白な危険性があったものとは考えられないこと等の事実に徴すれば、本件においては、集団示威運動の可罰的な違法性が未だ明確であったとまではいえないのである。結局、本件は可罰的な違法性がない場合とみるのが相当であって、被告人らに対し有罪の判決をすることはできないものと考えられる。よって、検察官主張の本件条例違反の公訴事実は、結局、罪とならないものであるが、右は、本件道路交通法違反の罪と一罪として起訴されたものであるから、特に主文において無罪の言渡しはしない。
(弁護人らの主張に対する判断)
一、弁護人は、兵庫県公安委員会が道路における集団による行進を道路交通法七七条一項四号所定の、所轄警察署長の許可を必要とするものと定め、その結果同条三項により所轄警察署長が当該許可に必要な条件を付することができるものとして本件の如き集団行動を規制することは憲法二一条に保障されている集団行動の権利を制限するものであるから違憲無効である旨主張する。集団行動について、道路交通法七七条一項四号、三項、兵庫県道路交通法施行細則(昭和三五年一二月一九日兵庫県公安委員会規則第一一号)により道路使用の面において、規制を受けることは弁護人指摘のとおりである。そこで、このような規制が憲法二一条によって保障されている集団行動の自由を不当に制限し同条に違反することになるか否かにつき案ずるに、右所轄警察署長の許可は、行政法上の「論察許可」の一種であり、道路交通法七七条の趣旨とするところは、道路の本来的用法でないために一般的に禁止する同条各号の「道路使用」につき、警察署長が特に支障がないと認める場合にその一般的な禁止を解除し、適法ならしめる点にあり、右許可は、警察許可として羈束裁量処分に該当するから、警察署長は、許可の申請があったときは、当然公益上支障がない限り許可を与えなければならないのである。しかも、それは、「当該申請に係る行為が現に交通の妨害となるおそれがないと認められるとき」(同条二項一号)に限らず、「当該申請に係る行為が許可に付された条件に従って行なわれることにより交通の妨害となるおそれがなくなると認められるとき」(同二号)でも足り、更にその行為が現に交通の妨害となるおそれがあっても、「公益上又は社会の慣習上やむを得ないものであると認められるとき」(同三号)は、許可しなければならないとされているのである。これらの規定を道路交通法一条所定の、道路における危険を防止し、交通の安全と円滑を図る同法の目的に徴して考察すれば、道路における集団示威行進に関する前記兵庫県公安委員会の規則及び道路交通法七七条の規定は、合理的根拠のあるものと認められるのであって、憲法二一条に違反する無効のものということはできないから、弁護人のこの点に関する主張は採用しない。
二、被告人清田は本件すわり込み行為は正当な行為である旨の主張をするけれども、憲法二一条に保障された表現の自由の基本的性格については前に詳述したとおりであり、被告人の教唆した本件すわり込み行為は違法なものであるから、同被告人の右主張は採用しない。
三、弁護人らは、被告事件に関する陳述の段階において刑事訴訟法三三九条一項二号による公訴棄却の申立をし、その理由として、次のことを挙げている。
(一) 兵庫県公安委員会は本条例における処罰の根拠規定たる五条の前提である一条による許可、不許可の処分、三条による条件の付与の権限を昭和三六年二月二二日公安委員会訓令第三号、集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例の事務取扱規程により兵庫県警察本部長(以下「本部長」という)及び公安条例の施行地を管轄する警察署長(以下「所轄警察署長」という)に代行させており、本件においても生田警察署長が代行しているが、このことは処分権限を持たない警察職員の処分であり、それに付与された許可条件に違反しても罪とならないことが明らかである。
(二) 昭和二九年七月一日、警察法(同年法律一六二号)の施行によって、市町村の自治体警察及び公安委員会は廃止せられ、本条例一条において、本件の如き集団示威運動を行うことに関して許可を所管事項とする神戸市公安委員会も右警察法の施行に伴って廃止せられ、今日においては、同条例において本件の如き集団示威運動等に関して許可を管掌する行政庁は存在しないこととなったのであるから、同条例は、少なくとも右一条に関するかぎり、すでに、死文化したものという外はなく、従って、同条例三条により兵庫県公安委員会が付した許可条件の違反を処罰する同五条の罰則もその適用の余地はなく効力を失ったものであるから被告人両名につき何らの罪とならないことが明らかである。
しかしながら、本件起訴状記載の事実は、それ自体から判断してその事実が罪とならないことが明らかな場合とはいえず、刑事訴訟法三三九条一項二号に該当しないから、弁護人の主張は、いずれも採用しない。
よって主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山下鉄雄 裁判官 大須賀欣一 林豊)